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フロイト雑感 (ある精神病者の手記)

*おれの知識と経験を気の向くままに書き留めておこう。*//

2017.04.23.03

不安定な自我は成長が遅れる。愛欲も労働も、
正常な成長を示さなくなる。自己の世界と他
者の世界に違和が生じる。自我の成長の問題
だろう。10才の頃には持っていた社会性が、
14才以降壊れ始める。ここで注意しないとい
けないのは、これが知性の発達過程で起こる
のではなく、精神の発達過程で起こることだ。
つまり、愛欲も労働も自我に対して、不足な
状態、バランスを欠いたものとなる。社会性
を欠いていくことによって、それがさらに加
速される。

2017.04.23.02

恋は貯金できない。その場限りのものだ。
貯めて置くこともできないし、後で使う
こともできない。続けていこうとする努
力があるばかりだ。
               unknown

心の中に核が在るかないかが社会性が在か
ないかの判断になる。そしてこの核が、愛
欲と労働で満たれているかいないかで、自
我の安定性の判断になる。満たされていな
い場合をitが存在する、満たされている場
合をitが存在しない、と表現することもで
きる。核が在かないかの判断ができるのが
4才頃、itが在るかないかの判断ができるの
が10才頃である。
10才の頃は、近親相姦のタブーが完成した
と判断される時期だ。初恋、恋の季節が、
小学校の低学年に起こることを考えれば、
容易に了解できると思う。つまり愛欲への
転換は完了したと考えてよい。すると、労
働への転換が完成するのが、14才頃という
ことになる。愛欲より労働の方が、高度で、
知的な社会性だと考えられる。
10才に頃にitが在かないかの判断は、この
労働への転換の程度による。正常に自我が
成長するためには、愛欲への転換だけでは
なく、労働への転換が、ある程度必要であ
る。精神病者は、この労働への転換が、正
常な場合よりも遅いために、14才ころに転
換を完成しないのだろう。
14才頃には、itとFatherが同じ程度の力な
のだろう。これ以降、そのバランスが崩れ
てくる。中学生頃の反抗期ののち、itはFa-
therの力を超える。心の中にitがなければ、
それは自我の成長として考えることができ
るが、心の中にitが在ると、自我が不安定
になり始める。Fatherが自我に協力を要請
する、itを超自我の領域にに閉じ込めてお
くためだ、するからだ。

2017.04.23.01

愛欲と労働の2つの要素への転換に失敗する
と、心の中に核ができないために、心の中に
核のない人は社会性を持たない。これは近親
相姦のタブーが成立しないことを、つまり、
Fatherの不在を表している。あるいは、Fa-
therの社会的な価値基準を受け入れられなか
った、その能力に欠けていた、と考えられる。
近親相姦願望のタブーが心の核の中核をなし
ているのは、無意識の中では近親相姦願望と
いう欲望が、不都合な欲望群の中核をなして
いる、からだ。
近親相姦のタブーが、閉じた世界から開かれ
た世界へと人間の存在様式を変化させる。自
閉症も発達障害も、滅んでいった人類の末柄、
閉じた世界の存在様式を持っていた人類との
混血種と考えられる。開かれた世界を持って
いた人類の社会は、平和的か、それとも暴力
的か。。古代国家の成立以前、宗教的な思想
統一の以前は、狩猟民族における狩り、の形
態としての暴力が優位を占めていたと考えら
れる。暴力闘争の結果、閉じた世界の人類は
滅び、開かれた世界の人類が残った、と考え
ておこう。世界が開かれているか閉じている
かによって、存在論的な暴力の数と量が圧倒
的に違ってくるからだ。

2017.04.22.05

つらい時は自分を信じてやっていくしか
ない。自分の知性と感性が捉えた世界を
手放してはいけない。
                   unknown

itを2つの要素からなっているものとする。
愛欲と労働だ。すると転換の失敗は2通り
となる。両方の要素が転換できないと核そ
のもの、ここではit、が心の中にできない
から考慮しない。その場合は、心は社会に
開かれたものとはならない。
愛欲への転換が失敗すると、恋愛感情に乏
しく、労働への転換が失敗すると、労働意
欲が乏しくなる。すると、転換後の2つの
要素が平衡状態にないために、itが超自我
の中に生じると、自我が不安定になる、と
解釈できる。或いは、後に不安定になって
いく素地ができる。この時期を10才頃とす
ることができる。精神病者も初恋を経験し
ている、つまり発病前は社会性を持ってい
たと考えている、からだ。
itの成長とともに、愛欲も労働も成長する。
しかしこれらはバランスを取りながら成長
してはいない。このバランスの不均衡が陽
性症状と陰性症状として発病後現れるのだ
ろう。愛欲は高く、労働は低く、と取りあ
えずは理解しよう。いずれかの要素に欠陥
が在るとしても、この時期、10才から14才
の発病以前の精神病者は自閉症や発達障害
のように社会性が欠けてはいない。
Fatherは社会的なものだから、力は一定で
ある、と考えれば、itの存在する人は、itが
いつかFatherよりも強くなる。フロイトは、
心の主体を、ego、superego、idoに分けて
考えているが、この論述での、自我、Fa-
ther、it、がそれぞれに対応している、と考
えよう。正確には、idoは超自我の領域のit
と無意識の領域の近親相姦願望という欲望
に分けて考えている。

2017.04.22.04

取りあえず100人に1人としよう。。100人に
1人の精神病のおれは、人生の選択肢はない、
と言っていいほどだ。病人と老人は仕事しな
くてもよい。法律的にも年金が認められてい
る。しかし、精神病でも仕事した人たちはい
る。天才と狂気は紙一重。。もその一つだ。
しかし、天才の多くが精神病ではあるけれど、
精神病の人のほとんどは天才ではない。別の
方法を捜すとしよう。。
近親相姦願望が強過ぎるから、Fatherはそれ
をLoveへ転換し損ねた。この命題から宗教性
をはぎ取ると、Fatherは、愛欲と労働へ転換
し損ねた、となる。愛欲も労働も、今後はitを
その意味で用いる、社会的なものだ。それに
欠陥が在ると、他者との人間関係に支障が生
じる原因ともなる。確かに精神病の人は、人
間関係に問題が生じている人が多い。狂気の
嵐の中では、幻聴と妄想、人間関係どころで
はないだろうが。。問題は、この欠陥が4才
から20才以前のどの時期に何故生じるか、だ。
彼は何時、何故、社会への適合性を欠いたの
か、狂気への素地ができたのかだが、という
ことになる。

2017.04.22.03

人生は選択の連続だ。。と言う人が
時々いるが、おれは事故に合うこと
も病気になることも選択肢の中には
なかった。。
そんなことを言う人は大きな災害に
も合わずに済んだ幸せな人生だった
のだろう。。おれは選択肢にない人
生を作っていくしかなかった。。
こんなことを言う人は。。たぶん団
塊世代以上の。。おじさんおばさん
だ。。むかし流行った。。

2017.04.22.02

革命に科学は必要ない。
        unknown

フランス革命当時、革命家たちは支配階級から
科学を取り上げて、自分たちのものとした。こ
の判断は素晴らしい。驚嘆に値する。信長は、
種子島銃を見た時、これで日本が盗れると直感
した。同じ判断だろう。。

人は神なしで生きていける。しかし、愛無じゃ
いて生きてはいけない。しかし、愛だけでも生
きていけない。。労働だよね。。
Fatherは近親相姦願望という欲望を、つまり、
一体感のリズムを、愛欲のリズムと労働のリズ
ムへ変換する。宗教が支配した古代国家では、
洋の東西を問わず、支配階級は労働をしない。
神、仏、愛、命、等々、現代では訳の分からな
い概念を至高のものとしてきた。古代国家以前
へ考察を進めたのは、この労働のリズムを回復
するためである。農耕民族の誕生、経済格差の
生まれる以前だ。
フランス革命は市民階級を解放したと同時に、
狂人たちも牢獄から解放した。それまでは狂人
たちは、動物の一種として見世物にされていた。
市民たちは何故、狂人を解放したか。この牢獄
に入れられていた狂人たちの中に、危険な政治
思想家たちがいたからだ。危険な思想は、或い
は狂気と判断されていた。
しかし、危険な政治思想は狂気とは違う。革命
家たちは、彼らを動物ではなく病気だと判断し、
病院に収容することとした。それが精神病研究
の発端となっていった。