フロイト雑感 (ある精神病者の手記)

*おれの知識と経験を気の向くままに書き留めておこう。*//

2017.05.11.07

しかしこの時期、Fatherとidoが争って、
itが成長している時期、14才以前では、自
我、ego、はその人の人格の主役としては
まだ登場しない。itがFatherの力を振りっ
切って、意識へ侵入し始めると、egoはFa-
therと協力してitを超自我の中に留めるため
に動き出す。14才以降だ。。
母と子の愛の交信ではこの自我の登場する
場、契機が必要となる。母から他者へ、恋
人とか上司とか、の社会的な人間関係の始
まりが、外部要因、或いは、偶然の出会い
として、描かれるのだろうか。。先生の理
論にはこの部分がない。
いずれにせよ、心全体が、核の部分だけで
はなく、愛、Loveで満たされると、他者を
求める動機の必要はない。母の存在だけで
十分となるだろう。。食べるために、家庭
から社会へ出て、働いたとして、仕事して、
新しい人間関係、社会関係が始まったとし
てもだ。。
もしここに外部要因として、労働、仕事、
他者でも、人間関係でも、社会関係でもよ
いが、を持ち込むなら、愛だけでは病気は
治らない、というおれの理論の下地になる、
つまり、病気の解釈には愛とは別のアプロ
ーチ、それらを内部要因とした、が存在す
ることになる、と思われるが。。

( ̄-  ̄ ) ンーん??