哲学者の朝食はタバコとコーヒー

*フロイト(病気)とボルツマン(気象)の描く千佳画*//

2017.05.22.01

無意識は言語としての構造を持つ。
             ラカン

おれは無意識は言葉がサラダ状態だから、
無意識はカオスだと思っている。フロイト
的には心は意識、無意識、前意識、に分か
れているから、ラカンが前意識のことを言
っていると考えれば納得はいく。
ラカンには同じような言葉、無意識は社会
への通路だ、とか、我は他者だ、とかいう
のがある。おれの場合は無意識からの社会
への出口は、フロイトとボルツマンだった
から、前意識は、その出口がある場所だと
考えてもよい。
おれの理論では、その出口とは、超自我の中
のitに満たされた核だ。Fatherは社会的価値観
の事だから、言葉の体系だ。言語構造と言っ
てもよい。残りの、我は他者だ、だが、これ
はランボーのベルレーヌあての手紙からラカ
ンは採ってきている。これは自我とFatherの
力関係に在ると思う。Fatherが強ければ、我
は他者だ。Fatherが弱ければ、自我はFather、
つまり、他者、とは違った言語構造を持つこ
とになる。。