哲学者の朝食はタバコとコーヒー

*フロイト(病気)とボルツマン(気象)のいる風景画*//

2017.06.15.02

日常性や社会性の中に、つまり意識の領域だが、
生きている以上、革新的な考えや革命的な考え
は、ほぼ間違いなく閃くことはない。超自我の
壁が強固に意識を取り巻いて、egoが無意識に
触れることから守っているからだ。不都合な欲
望、閃き、は、一瞬にして無意識の中へ、無意
識のうちに封印される。
その閃きを得るためには超自我の壁の外側へ行
かなきゃいけないが、それには特殊な才能が要
る。1/100とエジソンは言った。。超自我の領
域は意識の領域とは時間軸と空間軸が違う。無
意識のように、零ではないが、いくらか小さく
なっている。日常性の意識と非日常性の超自我
の差だろう。この余った部分が閃きの領域と考
えられる。
超自我の領域では、Fatherが多様な欲望の中か
ら、不都合な欲望を無意識のうちに無意識に封
印する。日常性に対する非日常性は、例えば、
仏教でいう、生・病・老・死、等々、ある意味
不都合な欲望だ。Fatherを社会的な価値観、言
語体系と考えるのは、主体と客体を分別する機
能を言葉は持っているからだ。Fatherは分別し
ながら、意識と無意識へ、欲望を振り分けてい
く。新しい価値観・世界観を得るためには、超
自我の領域へ入っていく必要がある。